芥川龍之介の「本所両国」(昭和2年)という随筆に、「生き人形」に触れられた箇所がある。東京・両国から亀戸へと散策する芥川は、訪れた天神様の広場で、ここにかかる見世物小屋は、昔から「活き人形や『からくり』ばかりだつた」と、いささか、げんなりしたように述懐している。「生き人形」とは、幕末に登場した、人間そっくりに作られた人形のことである。 アメリカの博物館に客員研究員として勤務していた著者は、ある日、収蔵庫の中からこの「生き人形」を発見する。はたしてこの人形たちはいつ、誰によって、どのような理由でアメリカまで運び込まれたのか。まるで、ミステリー小説のように始まる本書は、ペリー来航前後に、日本から海外へと持ち出された工芸品を通じて、当時の欧米人たちの目に映った日本の姿を検証していくものである。この「生き人形」をはじめ、相撲取りをかたどった極彩色の輸出用陶磁器や、「毛植(けうえ)人形」と呼ばれる、毛並みを精巧に復元した動物のミニチュアなど、登場する工芸品たちのユニークさは、当時の欧米人だけでなく、現代人の目をも十分に楽しませてくれる。 しかし、江戸から明治・大正にかけて、多く庶民の目に触れられていたこれらの工芸品は、ほとんどが日本に現存しない。芥川が飽き飽きして眺めていた「生き人形」を、著者は百年の時を経て、日本に里帰りさせるため、忙しく駆け回る。その姿は、博物館学芸員という仕事をうらやましく思わせるほど、情熱に満ちている。 (中島正敏)
朝日新聞社
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